”食品の安全” 不安と不信

食品の安全問題は古くて新しく、消えることがない。その現れ方が違うだけである。

1960〜1980年頃、日本経済は高度成長時代で大量生産、大量消費が広がっていた。それは食品公害を伴っていた。森永ヒ素ミルクやカネミ油症などの問題が次々と起こってきた。消費者は不安でいっぱいだった。地雷を踏むようなものである。その不安から逃れるために消費者は自衛した。仲間と共に安全な食品を求める草の根運動を起こしていった。その運動は全国津々浦々にまで広がっていった。それが生協発展の原動力となった。

今日、狂牛病に端を発して芋づるのように関連した問題が明るみになるにつけ、消費者の間に広がっていることは食品の安全を当然のこととして保障しなければならない人たちや組織に対する底知れない不信である。誰も信じられない不信である。この不信はそう簡単には払拭 されそうにない。30年ぶりにまたもや消費者は自衛しなければならなくなった。しかし前の不安解消と今回の不信は違う。不安は仲間と手を組めばなんとか落ち着けた。

不信は相手が徹底して納得できるまで変わればなんとか解消されるかもしれないが、そんな保障はどこにもない。自分の身を守るためには身内の職員を切ってでも保身をはかるのが組織の論理と本質であることを見抜いてしまった人たちには不信感はぬぐえるものではない。となれば、新しい自衛策を創造し、社会システム化するしかない。

私が今考案中のものは地域防衛システムである。阪神・淡路大震災の大きな教訓は地域防衛の行動と体験であり、避難所や仮設住宅での共同生活はまさにそれであった。食の安全を確認することを直接できる範囲はそんなに広くない。お互いに同一地域の住民でもあるとの意識が持てる程度の範囲であろう。その中に住民の店を作る。地域コミュニティストアを作り、住民の自治運営の店とする。確認できた商品だけを置くようにすればよい。六甲アイランドでそんな店の準備が進んでいる。

文・増田 大成

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